猫はどこに行った?

【Neko wa doko ni itta?】

 一年の最終時点に向けてひたすら漸近していた冬休みの中盤、本来なら俺たちは古泉とその一味が協力して編み出した推理ゲームを楽しむことになっていたのだが、鶴屋さんの別荘についたその日に例の白昼夢みたいな謎屋敷にさまよい込むことになってしまい、おまけに長門がスキー場で倒れるというハルヒ大騒ぎな事態まで引き起こしてしまった。

 幸い、通常空間に復帰した長門はすぐさま状態を回復したが、ともあれバタバタしてたのが大晦日イブで、カレンダー的には十二月三十日だ。

 明けて次の日、つまり大晦日。

 予定通り、かねてからの計画が実行される運びとなった。夏休みに孤島に行った際、古泉がやらんでもいいのにやりやがったサプライズイベント、着地に失敗した推理ゲームのウインターバージョンである。前回と違うのは最初からゲームであることがバレバレになっている点だが、この合宿旅行のメインイベントは実はこれだったのだ。雪山での遭難とか、幻の館とか、偽者丸出しの朝比奈さんとか、オイラーさんのナントカ定理とか、熱出して昏倒する長門なんてのは誰の予定にもなく誰も望んでいないインシデントだった。実際にハルヒ的にはなかったことになっているのでアレを仕組んだ何か解らん野郎には一言ザマミロと言ってやりたい。長門だけではダメだとしても、そこに俺と古泉----朝比奈さん(小)は微妙だが----あたりが加わればなんとかなるんだ。それに今俺たちがいる別荘には、なんだかタダ者ではなさそうな鶴屋さんと古泉の組織仲間までいる。これでなんともならないほうが不自然だぜ。

 てなわけで。

 ようやくSOS団的な、というかハルヒ的な行事が事前の準備に従って始まろうとしている。

 一年の終わりが果たしてこれでいいのかという疑問はぬぐい去れないものの、そんな疑問を感じているのも俺だけらしいので少数派はむなしく口を閉ざすのみさ。

 ちょいと確認しておくと、今回の登場人物は俺、ハルヒ、長門、朝比奈さん、古泉、鶴屋さん、妹、三毛猫シャミセン、森さん、新川さん、そして今日になってから来るはずの多丸圭一さんと裕さん兄弟だ。

 ハルヒ言うところの古泉主催ミステリツアー第二弾が始まろうとしていた。

 

 大晦日の朝。森さんと荒川さんが作ってくれた朝食をたいらげた後、俺たちは鶴屋家別荘の一階に集合した。そこは吹き抜けになっている共有スペースである。まるで能か狂言をするために設えられた檜舞台じみた二十畳くらいのフローリングに、八人くらいは余裕で着ける大きな掘りゴタツが設置されている。ようは泊まり客が自由に集まってわいわいするための空間だ。当然床暖房付きで、壁の一角にある静音性にすぐれたファンヒーターも温風を吐き出してくれているから、共有スペースと通路を遮るようなものが何もなくとも暖かい。

 窓から見えるスキー場上空はエアブラシで青インクを吹き付けたアクリル板のような快晴を誇っていたが、本日のスノースポーツは一切が禁止されていた。

「有希がまだちょっと心配だから、今日は家ん中で遊んでることにする」

 という禁スキー令がハルヒの口から発布されたからである。もっとも長門本人はすでに普通に無表情な顔をして、看病のごり押しをしようとするハルヒに「なんともない」と言うことすらあったのだが、一度決定された団長の決意は翻ったりしない。

「いいから! 最低でも今日は外でちゃだめよ。あたしが完治を見極めるまで、激しい運動と精神が高ぶるようなこともしてはいけないからね。いい?」

 長門はハルヒのむやみにデカい目をじっと覗き込んでから、勢揃いしている俺たちにも視線を向けた。自分はかまわないがあなたたちはどうなのか、と問いかけているように見えたのは俺だけではないようで、

「長門さんを一人で残して出てしまうのも気がかりです。僕は賛成ですよ。一人を救うために全員が命運をともにする……、なかなか美しい話ではないですか」

 古泉が爽やかに言って、正団員でないはずの鶴屋さんと妹も快く受け入れた。妹の両手にぶら下がっているシャミセンの意見は不明だが、何も言わなかったところを見ると文句だけはないらしい。

「予定を繰り上げましょう」と古泉は窓に視線を走らせて、「本当は夜に始めて午前〇時前に終了する予定でしたが、もっと早めてもいいですね」

 今すぐ始めるわけにはいかんのか。うずうずしているハルヒの目の輝きに俺の視神経細胞がやられる前にさ。

「実は雪が降り出してからでないと少々都合が悪いのです。予報では昼以降に雪となっていますから、それまでお待ちください」

 猫が要ると聞いていたから俺はくそ重いシャミセンを持ってきたんだが、雪が降らないと困るってのはどういうことだ。雪ならそこら中に積もりまくっているだろうが。

「降り続いている状況が必要なのです。いえ、これ以上はまだ言えません。いわゆるトリックに関わってくるものですから」

 そう言って古泉は妹の腕で大人しくしている三毛猫を見て微笑み、ヒーターの横に置いていたリュックサックを持ってきて、

「こんなこともあろうかと、各種ゲームを用意しておきました。丸一日は室内で遊び続けることができますよ」

 少しは期待していたのだが、次々と現れたのはアナログなボードゲームだった。ひょっとして、古泉は電子機器が嫌いなのか?

 俺たちは遊んでりゃいいとして、気になるのは森さんと新川さんである。昨日から完全な執事兼料理長として別荘内のすべてを取り仕切る新川さんに、かいがいしく奉仕してくれるメイドの森園生さんだったが、その正体は古泉の所属する謎のハルヒ監視組織『機関』とやらの一味である。

 昨晩、二人のあまりの使用人ぶりに、少しは料理やら片づけやらを手伝ったほうがいいかと気にしてみたところ、

「いえ、結構でございます」

 丁寧に拒否する二人組だった。

「これが私どもの仕事でございますれば」

 あれ? この人たち、本当の執事とメイドさんだったっけ? そのフリをしている古泉の組織仲間が本職であってたよな。

 俺の疑念を感じたのか、新川さんは営業用の仮面を取り外した笑顔を作り、

「職業訓練のたまものでございます」

 と、俺に言い、そんなわけで共有スペースにはお二人の姿はない。今も厨房でいそがしく働いておられるだろう。

 さらなる正体不明の残りの二人、バイオか何かで一山当てて孤島を買い取るくらいの多丸圭一さんとその弟の裕さんが登場したのは、ハルヒがボードゲームで人生の頂点を極め、億万長者となって俺たちを債務まみれにした後、昼食が終わって腹ごなしにバツゲームを賭けた神経衰弱大会をしていた午後二時頃だった。

 

 俺たちのいる共有スペースに、出迎えに行ってた新川さんに案内されて彼らはひょっこりと顔を見せた。

「雪のせいで列車のダイヤが遅れていてね、朝には来るはずだったんだが」

 どう見ても普通のオッサン、多丸圭一さんは夏と変わらぬ人のよさそうな笑顔だった。

「やあ、皆さんお久しぶり」

 こちらは見るからに好青年な多丸裕さんが、古泉を上回りそうな快活な笑みで手を振り、次に鶴屋さんに、

「はじめまして多丸です。ご招待ありがとう。鶴屋家の別荘に招かれるとは光栄だな」

「いいって、いいってー」

 鶴屋さんはかるーく言った。

「古泉くんの知り合いで、余興してくれるってんだから全然いいよっ。あたしはそんなんが大好きだ!」

 どんな相手でも初対面から十五秒で仲良くなってしまえる鶴屋さんである。おそらく朝比奈さんのクラスでもこんな感じなのだろうな。その二年のクラスにいる男子がうらやましくなってくるじゃないか。

 すかさず、森さんと新川さんが多丸兄弟に頭を下げた。

「ようこそ、いらっしゃいました」

「まさか冬にも世話になるとはね」と圭一さんが苦笑い。「よろしく頼む、新川」

「昼食はいかがなさいますか」

 森さんが薄い微笑みで問いかけ、裕さんが答えた。

「電車の中で食べたからいいよ。まずは部屋に荷物を置いてきたいね」

「かしこまりました。荷物は私がお運びしましょう」

 新川さんが丁寧にうなずき、ふと古泉に目配せした。

「では皆さん」

 立ち上がった古泉は、結婚式の司会者のように、

「宴もたけなわですが、これよりゲームを始めたいと思います。多丸さんたちは着いたばかりで申しわけありませんが」

 古泉にしてはやや笑みが固かった。うまくやる自信がないのか、それともよほどマヌケなオチが待っているかだな。

「あらかじめお断りしておきますが、殺されるのは圭一さんだけです。連続殺人に発展する予定はありません。そして犯人も一人です。複数犯の可能性はないと考えてください。動機は考慮しないでいいでしょう。意味がありませんから。もう一つ、今から----」と壁掛け時計を指差し、「----つまり午後二時から三時までの間、新川さんと森さん以外の方々はこの共有スペースから動かないでください。裕さんもこの場にいてください。所用がありましたら今のうちにお願いします。皆さん、いいでしょうか」

 全員がうなずいた。

「二時ジャストまで、あと七分ありますがよろしいですね。それでは始めます」

 古泉がうなずきかけたのは、多丸圭一さんへであった。

「では」

 夏に続いての死人役、全員の注目を浴びた圭一さんは、照れくさそうに頭をかきながら立ち上がって、まるで俺たちに言い聞かせるように言った。

「私の部屋は母屋の外にある小さな離れなんだったね」

「はい。ご案内します」と森さん。

「しばらく仮眠をとらせてもらうよ。実は朝がけっこう早くてね、やや睡眠不足なんだ。風邪気味かな、鼻の調子もあまりよくない」

「そういえば、圭一さんは猫アレルギーでしたね。そのせいではないでしょうか」

 いくら芝居だと言え芝居じみすぎているな。

「かもしれないね。ああ、気にしなくてもいい。そんなに重度のものではないんだ。狭い部屋で一緒にこもっていたら辛いだろうが、こういう広い空間ならまずまず平気だ」

 さらに念を押すように、

「そうだな、四時半頃に起こしに来てくれないか。いいかい、四時半だよ」

「かしこまりました」

 森さんはペこりと頭を下げ、次いで背筋を綺麗に伸ばした歩き方で、

「どうぞ、こちらに」

 森さんの背を追うように、やたら説明くさいセリフを述べ終えた圭一さんは廊下の奥へと消えた。妙に白々しい空気が共有スペースにたなびいている。

「私も、これで。裕さんのお荷物は私が」

 新川執事氏が腰を直角に折り曲げるようなお辞儀をし、鞄と上着を手に速やかに去っていく。

 三人を見届けてから、古泉はまじめくきった咳払いを一つして、

「というわけで序盤はこれで終わりです。三時までこのフロアスペースにて自由にお楽しみください」

「ちょっと待って」

 異議申し立てをしたのはハルヒである。

「離れって何? そんなのあった?」

「あるよ」と鶴屋さんが、「この母屋とは別にね、ちっさい建てもんがあるんだっ。あれ、見てなかったっけ?」

「見てないわ。古泉くん、手がかりを隠しておくのはダメよ。ちゃんと教えてくれてないとさ。みんなで見に行きましょうよ」

「どうせ後で見ることになるのですが……」

 早くも予定が崩れかけ、古泉は微笑みも弱くなる。しかし時計を見つめてすぐに修正可能と踏んだようで、

「解りました。このくらいなら問題ありません」

「こっちさ!」

 鶴屋さんが先頭を切って歩き出した。当然、ぞろぞろとみんなでついていく。シャミセンを抱えた妹まで来た。この一人と一匹が推理の役に立つとは思えないが。

 共有スペースから出ると、そこには中庭に面した通路が待っている。外側の壁は透明ガラスがはめこみになっているせいで、庭の様子がよく見えた。

 いつの間にか雪が降っている。

 積雪の具合は膝が埋まるぐらいだろう。どこか日本庭園を思わせる気配を感じさせるが、雪に埋もれているおかげで全面真っ白だ。その白い風景の中に、小さな庵みたいな建物がポツンとある。

 一分ほど歩いたか、鶴屋さんは庭に出るドアを開いて指差した。

「あれが離れ小部屋。昔はウチの爺さんが瞑想すんのに使ってたやつさ。人嫌いな爺さんでねっ、母屋の喧噪から逃れるためとかいっちゃって、ここ来るたびにこもってたよ! だったら来なきゃいいのにさ、でも誘わないとむくれるし、困った爺さんだったな」

 どこか懐かしく言う鶴屋さんだった。

 俺は何一つ見逃すまいと観察する。母屋のこのドアから庭の離れまで、渡り廊下が伸びていた。ただし壁などはない吹きさらしで、あるのは屋根だけだ。そのため母屋から離れに至る石畳の上は雪の侵略から守られていた。それも静かに雪の降っている今日のような天候なればこそだろう。猛吹雪ならこうもいくまい。

 開け放たれたドアから忍び込む氷点下の大気が室内着の俺たちを凍えさせた。特にシャミセンが機嫌を損ね、ぬくい寝床に戻ろうとジタバタしている。妹はそんなシャミセンを面白がり、止める間もなくスリッパのまま渡り廊下に出ると、抱えたシャミセンを積もっている雪に近づけた。

「ほら、シャミー、雪だよー。食べる?」

 釣り上げられたカツオのように暴れたシャミセンは、妹の腕からジャンプすると、

「うにゃあら」と呻いて不機嫌な胸の内を主張し、ダッシュで母屋の奥へ姿を消した。床暖房の上で長く伸びに戻ったのだろう。

「あら」

 圭一さんの案内を終えた森さんが、ちょうど石畳の上を体重がないような足つきで戻ってきた。年齢不明な美貌の微笑みが、

「どうかなさいましたか。圭一様なら、あの部屋におられますが」

「それは確か?」とハルヒ。すでに疑っている顔をしている。

「確かです」古泉が答えた。「そういうシナリオですから」

 

 俺たちが共有スペースに舞い戻ったとき、時計の針は午後二時ちょうどを指していて、古泉はどこか安堵したように息をつく。

「もう一度言っておきます。皆さんは三時になるまでここから移動しないようにしてください。どうしてもというかたは僕までよろしく」

 古泉は隅に置いていたリュックに近寄ると、またしても中から荷物を出してきた。他に出すつもりがあるなら今のウチに出しておけ。

「ん」

 ふと気になった。シャミセンの姿が見えない。古泉が荷物を置いている角、ヒーターの近くだが、その吹き出し口前に置かれている座布団がここ最近の猫の指定席で、とっくにそこでふて寝しているかと思っていたのに。しかしそんな疑問は、

「その間、これでお楽しみください。涼宮さん、よろしいですか?」

 という古泉のセリフによってかき消された。

「そうね」とハルヒはなぜか自慢げに、「ちょっと早いかもしれないけど、どうせだからやっちゃってもいいわね。貸して、古泉くん」

 手渡された紙袋から、ハルヒは妙なものを取り出した。どうやら絵が描いてあるものが数枚ほど、プラス同数の封筒だ。その中身と掘りゴタツの上に広げられたブツを見て、俺は何とも言えない郷愁を感じ始めた。

「福笑いよ」とハルヒ。「子供の頃にやったでしょ? 本当は明日する予定だったけど、時間がもったいないし今しましょ。それにこれはただの福笑いじゃないのよ」

 見たら解る。顔の輪郭と言い髪形と言い、それはどう見ても俺たちの顔をかたどった似顔絵だった。目や鼻などのパーツがなくても解るくらい良く描けていた。ハルヒが得意そうな理由がわかったよ。

「あたしが作ったんだからね。手作りよ、手作り。鶴屋さんの分もあるわ。来ると解ってたらあんたの妹さんのぶんも作ってたんだけど、あ、裕さんも、ゴメン。顔よく覚えてなかったのよね」

「いや、いいよ」と裕さんはごく自然に、「ないほうがいいような気がするんでね」

「かもね」

 ハルヒはにやりとして俺たち団員を見回した。

「いい? 自分の顔で福笑いやってもらうわ。やり直しはなしよ。それで、完成した顔は糊付けして部室の壁に掲示することになるから真剣にやんなさいよ。でないと、永遠に変な顔が部室に伝え続けられることになるんだからね」

 なんちゅうこと考えやがる。感心してやるべき達者なハルヒの絵心により、福笑いの似顔絵は各自の特徴をよく捉えていた。普通に目鼻を並べたら確かにデフォルメされた俺たちの顔が浮かび上がる。それだけに、ちょっと真剣にやらざるをえんな。

 しかしこいつ、いつの間にこんなもんを作ったんだ。

「まず、誰からする?」

 ハルヒの問いに、鶴屋さんだけが勢いよく手を挙げた。

 

 タダ者でなさそうな鶴屋さんも透視能力はなかった。タオルで目隠しされた彼女は実に見事に笑える自画像を作り上げて、全員の爆笑を誘い、完成品を見て自分でも死ぬほど笑い転げた。笑い袋でもここまで笑わんだろうね。

 二番手は古泉、如才のないハンサムフェイスもこうなりゃ形無しだ。目隠しを取った古泉は自分の作品を見て情けなさそうな顔をしたが、次に俺の番が待っているとあってはおちおち笑ってもいられない。

 なんという緊張感に満ちた福笑いだろうか。俺が気構えを整えていると、

「ちょっと失礼します」古泉が俺に囁きかけてきた。「新川さんたちと明日以降の打ち合わせ等がありますので席を外します」

 そのままささっと共有スペースから出て行く。何の打ち合わせだか知らんが、今はそれどころではない。俺の部室に飾られる似顔絵がどうなるかは、今からの俺の空間把握能力によって決定されるのだ。

 

 俺の福笑いは大笑いな結果に終わった。まあいい。ここで無難なものを作って空気がしらけるほうが無粋ってやつだ。鶴屋さん、ちょっとあなた笑いすぎですが。

 俺がタオルを持ってハルヒと鶴屋さんのゲラ笑いを憮然として聞いていると、古泉が戻ってくるのが見えた。反射的に時計へと視線が飛ぶ。

 午後二時半を少し回ったところだ。

「失礼しました」

 何のつもりか、古泉はどこかに行っていたシャミセンを抱いて戻ってきた。何に利用した?

「いえ、キッチンで森さんにまとわりついていたものですから」

 そのまま古泉は三毛猫をヒーター前の座布団に置き、猫は温風を浴びて丸くなる。満腹状態にさせて曖かいところに置くのが猫をおとなしくさせる一番の対策だ。

「どうなりました?」

 古泉は俺の横に座って掘りゴタツ上の有様を一瞥する。鶴屋さんと古泉、俺の似顔絵が妹の手によって糊付けの憂き目に遭っていた。こんなもんを飾るくらいなら他に飾るものがあるだろうが。朝比奈さんのコスプレ等身大写真とかさ。

 さらに時間は進み、福笑いは朝比奈さん、長門と続いた。何をしても可愛らしい朝比奈さんはビクビクした手でパーツを手探りし、結果、笑えるものの可愛らしい似顔絵を作り上げ、そして長門は意外にも最もシュールな福笑いを完成させて鶴屋さんをひっくり返らせた。もちろん長門は何が受けているのかさっぱり解らないような顔をして、じっと自分の愉快な顔を覗き込んでいる。

 そうこうしているうちに、

「皆さん、もうすぐ三時です」

 古泉は唐突に言う。

「ここでいったん休憩時間を挟みたいと思います。三時から四時まで、またここに居てもらう必要がありますから、トイレ等所用があったら今のウチにお願いします」

 俺と長門と裕さん、そして古泉以外の全員がフロアから姿を消した。長門は自分の福笑いをためつすがめつし、裕さんは面白そうにそんな長門の横顔を見ている。

 俺は古泉に向かう。

「事件はいつ起こるんだ?」

「それより窓の外を見てもらえますか」古泉は外を指し、「雪が降っているのが見えるでしょう? それを覚えておいてください。まあ降ってなくとも降っていたという設定にすればいいのですが、割と好都合ですので」

 俺が古泉の緩んだ笑みを眺めていると、女性陣四人が戻ってきた。この中で一番犯人臭いのはどう考えても裕さんだ。他に役がないからな。今んとこ怪しい素振りは見せてないが。

 ハルヒが掘りゴタツに足を突っ込みながら、

「古泉くん、次はあれやりましょうよ。出してきてくれる?」

「解りました。あれですね」

 またしてもリュックに移動する古泉だった。今度は手作りの何が出てくるのかと、俺も後についていく。ごそごそやっている古泉の手元を後ろから覗き込むと、古泉は素早く俺を見上げ、手品師の手腕でまたしても大判の紙を取り出した。

「どうぞ、涼宮さんに渡してください」

 ヒーターの風を受けてはためくそれは、折りたたんだデカい紙である。広げようとして俺はふと違和を覚えた。このカサ張る紙にではない。俺の目の前にはリュックに手をかけた古泉がいて、すぐ横にヒーターがある。ついでに満ち足りた様子で眠るシャミセンの背中が座布団の上にある。

 別におかしくはないが、どこかが妙だ。何より、俺が近づいたとき、古泉は少し慌てたような顔をしなかったか? 

「キョン、早く持ってきてよ! 何してんのよ」

 不承不承、俺は謎の紙を持ってコタツに戻り、遅れて古泉もやってくる。

 時計は午後三時ちょうどを指している。

 

「あたしと古泉くんで作ったのよ」

 ハルヒの得意は絶頂に達しているようだ。そんな顔をしている。

「SOS団用のスゴロクよ。一マス一マス手書きしたんだから、ありがたくプレイしなさい」

 ちなみに最初の一振りで俺のコマが止まったマス目にはこんなことが書いてあった。

『キョンに限り腕立て三十回』

 他にも、『次に止まった人と野球拳をすること』とか、『団長を気分良くさせる言葉を五種類以上言う』とか、『全員の質問に正直に答える(みんなはなるべく恥ずかしい質問をすること)』などの、すべてのコマがバツゲームみたいなハルヒ特製スゴロクである。

 すったもんだが発生するのも当然と言える。野球拳のマスには朝比奈さんと裕さんが止まったが、野球拳の意味を知らないらしくキョトンとしている朝比奈さんにさせるわけにもいかず、しょうがないので代わりに俺がやった。他にも俺の疲れる仕組みになっているとしか思えないマス目のオンパレードで、開始から一時間後に鶴屋さんが最初にゴールした時点でもうフラフラだ。

 見かねたわけではないだろうが、古泉が待ってましたとばかりに声と手をあげた。

「みなさん、今ちょうど午後四時になりました」

 生番組のタイムキーパー並みに時間を気にする古泉は、

「ここからは自由時間です。ただし四時三十分前にはここに集合するようにしてください。それと、できれば外出はご遠慮願います。むろん、犯人以外の人はという意味ですけどね」

「では、ちょっと失礼するよ」

 多丸裕さんが意味ありげに微笑んで席を立った。

「部屋で荷物を片づけてくる。いや、五分ほどで戻るよ」

 そう言った裕さんがフロアから消えた後、「キッチンに行く」と言ってハルヒと鶴屋さんも出て行き、数分後に二人して茶菓子とジュースを抱えて戻ってきた。それ以外に掘りゴタツから動くものはいない。誰だって犯人にされるのはイヤだからな。冤罪となればなおさらだ。

 ちなみに裕さんが本当に五分で帰ってきたことも申し添えておく。

 

 午後四時半過ぎだった。

 森さんが共有フロアにやってきて、こう告げたのである。

「圭一様が起きてこられません」

 不安げな顔を演技しながら、

「離れの部屋まで行ったのですが、応答もなく、扉には鍵がかけられています」

「待ってたわ」

 ハルヒは颯爽と立ち上がり、

「まずは現場がどうなってんのか見とかないとね」

 古泉がツアーコンダクターよろしく、先頭に立って通路を行く。ついていく俺たち。

 中庭に出る扉を開くと、人数分の外履きがすでに用意されていた。つっかけて離れに向かう渡り廊下を歩くと、離れのドアの前で新川さんが待っていた。

「状況は?」とハルヒ。

「森が申したであろう、その通りでございます。扉は内側から施錠され、鍵は圭一様とともに室内にございます。ちなみに合い鍵はない、ということになっております」

「そういうことです」と古泉が注釈、

「ですが、扉をぶち破る必要はありません。合い鍵がないものとして考えてくれるだけでいいんですよ。新川さん、鍵を」

 新川執事が掌を差し出すと、まさしく鍵が載っている。

「これは本来はない鍵です。そういうことにしておいてください」

 古泉が扉を開き、まっ先にハルヒが踏み込んだ。

「やあ」

 と、手を挙げたのは圭一さんだ。敷かれた布団の横に伸びていた多丸兄は、胸元を指差しながら、

「また刺されてしまったよ」

 胸にナイフの柄が突き立っている。いつかも見た、刃のないトリック用小道具だ。

「誰に刺されたの?」とハルヒ。

「それは言えない。何せ死体だからね。死者は語る口を持たない」

 と、圭一さんはパタリと手を畳に置いた。

「いいでしょうか」と古泉がまたしても、「よく室内をご覧ください。部屋の鍵はここ、机の上に置いてあります。もちろんこれは最初から圭一さんが持っていたものです。ということは犯人は扉から出たのではありません」

 そして縁側に面した窓に近づき、

「こちらは閉まってはあるものの、鍵自体はかかっていません。つまり犯人の脱出口はここです。そして、外には雪が積もっています」

 古泉は実際に窓を開け、俺たちは庭へと首を突き出した。

「犯人の逃走経路を説明します。扉から出たのではない以上、犯人はここから出たということで間違いありません。しかし雪の上を歩けば当然足跡が付きますが、見た感じありませんね。窓の上を見てください。この離れは四方に庇が突き出ていまして、その真下は雪も薄く積もっているだけです。その雪の上、離れの壁に沿って歩いて犯人は渡り廊下に戻りました」

 俺は古泉が指差す地面を見つめ、次に空を見上げた。雪がしずしずと降っている。

「犯人の足跡は降り続ける雪が隠したのです。この降り方では……そうですね、三十分では足りないと言っておきましょう」

 古泉は全員の理解を確認するように、

「そういう設定です。ご了承ください。死体役は何も言えませんが、マスターの僕は少なくとも嘘は言えません」

「ふうん」

 ハルヒは雪と古泉を見比べていたが、顔を引っ込めて腕組みした。

「それだけ?」

 答えず、古泉は布団を指差した。ぽこんとした膨らみが掛け布団にあり、見ているとモゾモゾ動きだした。まさか……

 布団を引っぺがしたのはハルヒだった。

 そして、出てきたそいつに向かって、

「シャミセン?」

 突然の光を浴びて目を細くしたのは、俺ん家の飼い猫で間違いなかった。

 

 再び俺たちは掘りコタツにいる。

 森さんと新川さんは後ろで不動に立っていて、死体役を終えた圭一さんだけお役ご免、今頃ダイニングでホットコーヒーをくゆらせているはずだ。

「整理してみましょう。圭一さんが部屋に引っ込んだのが二時ジャストのことです。死体となって発見されたのがつい先ほど、四時三十分ですね。この二時間半の間に犯行がおこなわれたことは間違いありません。部屋の扉は内側からロックされ、鍵は室内にありました。繰り返しますが合い鍵はないものとしてお考えください。縁側の窓の鍵は開いていましたから、犯人はそこから部屋を出たと思われます」

 古泉の状況説明である。

「窓から出て足跡を残さず、渡り廊下に達することは不可能です。足跡がないということは、ついていたはずの足跡は降っていた雪によって埋もれたとみてかまいません」

 古泉は妹の抱いている三毛猫を見て、

「さらに、現場には死体の他にシャミセン氏もおられました。さて、思い出しましょう。こうして発見される以前、猫の姿を最後に見た時刻はいつだったでしょうか?」

 俺が見たのはトイレ休憩が告げられた直後だ。古泉がリュックからハルヒ手製のバツゲームスゴロクを出したとき、その横で丸くなって眠っていた。

「へえ? そうなの?」

 ハルヒは額を指で突っつきながら、

「そういやあたし、この三時間くらいシャミセンを見た覚えが全然ないわ。ここにいたっけ?」

「いたような気がしますけど……」朝比奈さんは控えめに、「ええと、福笑いの最中に何度か見かけましたよ。お座布団の上で寝てました」

「あたしもそれが最後だね!」と鶴屋さん。「お手洗いに立つときにさ、猫にゃんがそこで丸うなってんのを見たよっ。スゴロクんときにはいなかったと思うな!」

 どうやら目撃証言を検討してみるに、俺が見たのが最後の姿のようだ。てことは、シャミセンには三時から四時半までのアリバイがない。

 俺たちがスゴロクに興じているうちに目を覚まして、ノソノソとどこかに行ったというわけか。そいでもって圭一さんの部屋に上がり込み、布団の中で居眠りしていた……と。

 ん? そんなはずないな。

「こいつが自分から離れまで行くとは考えられん」と俺は主張した。「外に出しただけで暴れるような寒がりだぞ。雪を見てビクついてたりもしたし、だいたい母屋から外に出るドアを自分で開けたとは思えねえな」

「そうでしょうね」

 古泉は軽やかに首肯し、

「誰かに連れて行かれたと思うのが普通です。圭一さんか、犯人かに」

「圭一さんなわけないよね」

 ハルヒが首を伸ばして、

「猫アレルギーとかって言ってたの、あからさますぎるけど、あれ伏線よね。まるで取って付けたような」

「もちろんこの推理劇上の設定です。そうしておかないとちょっと困るものでね。つまり、猫を部屋に持っていったのはあくまで犯人でないとダメなんです。これはヒントでもありますね」

 古泉のセリフに、ハルヒが手を挙げた。

「ちょっと待って。じゃあこういうこと? シャミセンは三時までここにいて、その後の行方は不明。犯人が離れを出たのは最低でも四時半以前だけど、足跡が雪で隠れるのにかかった三十分を考慮して四時以前でいいわ。そいで犯人がシャミセンを連れて行ったということは、ようするに圭一さんが殺されたのは三時から四時、その一時間の間のどこかってことよね」

 そうなるな、確かに。

「確かに、じゃないわよ。おかしいわ。四時以降にここを出て行ったのはあたしと鶴屋さんと裕さんだけだもん。でもあたしと鶴屋さんは一緒にいたから犯人じゃないし、怪しいのは裕さんだけど、雪が足跡を隠すのに三十分以上かかるんだったら裕さんにも無理」

 そうなるな。

「そうなるな、じゃないでしょ。それだとここにいたあたしたち全員のアリバイが立証されちゃうのよ。その一時間、あたしたちはずっとここに揃っていたわよね」

 三時から始まったスゴロクの参加者は、俺、ハルヒ、朝比奈さん、長門、古泉、妹、鶴屋さん、多丸裕さん、の八人だ。三時前の休憩から自由行動開始の四時まで、誰一人この場を離れた人間はいない。知らんうちに消えていたのは猫だけだ。

「まさか、新川さんか森さんが犯人なの?」

 ただちに使用人役二人への事情聴取がおこなわれることになった。ハルヒはすっかり刑事口調で、

「では新川さん、あなたの三時以降のアリバイを教えてちょうだい」

 新川執事氏は慇懃に一礼して、

「私は二時過ぎからキッチンにおりました。昼食の片付けおよび、今晩のディナーと夜食の準備と明日の朝食の仕込みのためでございます」

「それを証明してくれる人がいる?」

「わたしでよろしければ」メイド衣装の森さんが清らかな微笑みを浮かべつつ、「調理の手伝いをするために、わたしがずっとついていました。四時半にわたしが圭一さんを起こしに行くまで、新川の姿を見失ったことはありません」

「私も同様に」と新川さん。「少なくとも三時から四時半の間、森がキッチンから出て行くことはなかったと確信をもって証言するしだいでございます」

「ようは互いが証人ってわけね」

 ハルヒはうんうんと首を動かしながら、

「でも、二人が共犯なんだとしたらアヤシイことこの上なしね。あるいはどっちかがどっちかをかばって偽証してる可能性もあるんじゃない?」

 ハルヒの輝く目が解説を求めるように古泉に向けられた。

「それはありません。犯人はあくまで単独犯という前提ですし、新川さんと森さんは決して嘘の証言をしない設定です。ついでに言ってしまいましょう、このお二人は犯人ではありません。ゲームマスターの僕が保証するのだから間違いありませんよ」と古泉。

「じゃ、誰だっていうの?」 ハルヒは嬉しそうだ。「全員のアリバイが完璧なんだもん、誰にも圭一さんを殺せなかったことになるわ」

 古泉も少し嬉しそうだった。ハルヒはこいつの突っ込んで欲しいポイントを的確に突いたらしい。微笑みを振りまいて、

「ですから、それを解き明かしてもらおうというのです。でないとゲームになりませんからね」

 

「まず考えないといけないのは、どうしてシャミセンが必要だったのかってとこね」

 勝手に司会進行役を買って出たハルヒが、妹の腕の中でうつらうつらしている三毛猫の鼻先をつっついた。

「だって意味ないもん。猫の手を借りてまで犯人はいったい何がしたかったのかしら」

 こいつが喋り出しでもしたら格好の証人になるんだけどな。なにしろ目撃者だ。

「そうね、あたしが思うに犯人はシャミセンがそこにいないと都合の悪いことがあったんだわ」

 そんくらいは俺だって解ってる。だからその悪い都合とは何かを考えているわけだ。

「猫、猫……うーん」朝比奈さんが可愛く呟きながら顎に手を当てている。「ねこ。三毛猫。みけ。ううん、猫さん、猫ご飯」

 あまり有益なことは考えていないらしい。

 何となくすべてにおいて鋭そうな気のする鶴屋さんは、お菓子屋のマスコットみたいに舌を出して目を斜め上に向けていた。それが考えるときのポーズなのか、ちょっと面白い顔のまま腕組みをして黙っている。

 黙っていると言えば長門である。現在この時点に限って言えば、こいつには黙っていてもらったほうがきっといい。俺もまた確信をもって証言するしだいであるが、長門は古泉が考え出したようなカラクリなど最初から見抜いているに違いない。全員がギブアップした最終段階で厳かに真相を告げる役を振ってやろう。

「シャミセンのアリバイがネックなのよね。いっそ最初から姿を見せなかったとかならよかったのに……。密室トリックなの? 雪を利用した時間限定の密室……うん?」

 ぶつぶつ言っていたハルヒが急に顔を上げた。古泉の微笑を見つめ、裕さんの余裕の表情を眺め、次にシャミセンの眠そうな顔を見つめる。

「時間限定……。アリバイ……。あっ、そうか」

 ハルヒは不意をついて俺に向かい、

「キョン、アリバイと言えば何?」

「刑事ドラマ」と即答してから俺は反省し、「えー……。二時間サスペンス」と口走ってさらに猛省し、次なる言葉を思考の果てに求めようとして時間を無駄に過ごした。

「トリックよ!」

 ハルヒが自分で答えた。

「アリバイトリックに決まっているじゃないの。シャミセンはトリックに使われたんだわ」

 どんなトリックだ。

「少しは考えなさいよ。いい? シャミセンのアリバイがあやふやなのはいつ?」

 三時過ぎから四時半までだ。俺が見たのを最後に共有スペースから殺人現場にテレポートしていた。

「その時間帯はもういいわ。それよりもっと前のことを思い出しなさいよ」

 三時以前か? この別荘内を適当にうろうろしてたんじゃないだろうか。いや、違うな。

「古泉、お前があいつを抱いて来たのは、あれは何時だった?」

 ハンサムフェイスの無料スマイルが、若干鋭角になったように思えた。

「二時半を少し回ったあたりでしたかね」

「どっから連れてきた」

「キッチンです」

 古泉は森さんに微笑みかけた。

「そうでしたね?」

「はい」

 森さんも微笑んでシャミセンを見た。

「後かたづけをしていたところ、こちらの猫さんが足もとにじゃれついて来たのです。誘惑に負けて残り物を差し上げたのですが、ますます離れがたく思われたようで……。そこに通りがかった古泉さまが、猫さんを連れて行ってくれました」

 明日以降の打ち合わせ、と言って古泉が中座したことを思い出した。

「それは二時半でした?」

 そう訊いた俺に、質素な衣装のメイドさんは思わずたじろぎそうになるほどの艶やかな笑みを何故か向けた。

「ええ……、そうですね。時計を確認したわけではないので正確な時刻までは解りませんが、二時半ほどであったと思います」

「シャミセンはいつからいました?」

「二時頃、離れからわたしが戻ったとき、キッチンで毛繕いをしておられました」

 なるほど、そこは合っているというわけか。妹の手を飛び出して別荘内を闊歩していた我が家の三毛猫は、キッチンで森さんから食べ物をもらい、二時半くらいに古泉によってここに運ばれて、ヒーターの前の座布団で惰眠を開始したということになる。

「二時から三時までのアリバイはあるんだな」

 一時間の存在証明か。そこから離れに行くまでに、シャミセンは何を見たのか。

「きっとそこにトリックがあるんだわ」

 ハルヒは目を細めて喉を撫でている。まるでそこまで何かが出かかっているというように、

「確かなのはその一時間だけで、あとが曖昧。特に三時以降にどこで何をしていたのか解らないってのがミソなのよ。猫のアリバイ、シャミセンはいつ犯人の手に落ちたのか……」

 ハルヒが難しい顔をして、俺もとりあえず顔だけは付き合ってやる。妹は不思議そうに俺たちを見上げ、裕さんは無言で微笑んでいる。彼は真相を知ってんだろうな。犯人候補一番手だしさ。

「ヒントを出したほうがいいですか?」

「ちょっと待て」

 俺は古泉の口出しを制して考えてみた。

 圭一さんが離れの部屋に行ったのが二時頃。

 三毛猫の姿を最後に見たのが三時頃で、四時半に圭一さんの部屋で発見されるまで誰も見かけることはなかった。

 犯人が窓から出て母屋に戻ったのだとしたら降雪で足跡が消える時間内に違いないから、犯行時間は推定で三時から四時の間でいい。

 しかし三時から四時までの間、裕さんを含めた俺たち全員はこの吹き抜けフロアにいて、誰も出て行かなかった。四時以降は裕さんとハルヒと鶴屋さんが出た。

 よし、解った。俺は納得とともにうなずいた。

「ヒントをくれ」

 古泉は肩をすくめ、

「まっさきに気づくとしたら、僕はあなたかあなたの妹さんだと思っていました」

 と、言っただけで口を閉ざした。

「なんだと?」

 それのどこがヒントだ。俺と妹よりハルヒや鶴屋さんが目ざとくないとは思いがたいが。

「あっ、そっかっ!」

 ハルヒに次いで声を上げたのは、晴れやかな顔に戻った鶴屋さんだった。

「そうだよ、ハルにゃん! 猫にゃんのアリバイが犯人のアリバイなんだよっ!」

 鶴屋さんはすっかり解った顔をして、

「そうそう、そうなんだっ! だから猫はここにいないとダメだったんだよっ。どこでもいいんじゃなくて、離れでもなくて、みんながいたこの空間にさっ」

 何を言い出したのかさっぱりだった。俺と朝比奈さんがきょとんとする間で、しかしながらハルヒには通じたらしい、飛び上がらんばかりの声を出した。

「それよ! うん、それだわよ鶴屋さん、ナイス! つまりその一時間くらい、猫は常に誰かが見ているような状態になくちゃならなかったんだわ。犯人はそうしないと自分のアリバイがなくなっちゃうわけだから」

「だねっ!」

 鶴屋さんは指をぱちっと鳴らし、

「シャミが本当にいなくなったのは三時じゃなくて二時半なんだよっ。シャミのアリバイなし状態は一時間半じゃなくて実際二時間だったんだね!」

「ってことは犯行時間も三十分前倒しされるわけね。二時半から四時の間……いいえ、二時半から三時の間の三十分間……つて言うか、本当の犯行時間は二時半でいいんだわ。そうよね?」

「そうだよっ」

 待ってくれと言いたい。なにやらテンションの高い二人組が二人だけで真相に肉薄したようだが、俺たち置いてけぼりグループの立場はどうなるんだ。何が何やら解らんぞ。

「鈍いわね。キョン、シャミセンが三時から四時半まで行方不明で、犯行現場の部屋の中にいるのを見つけて、それで困ったのは誰?」

 俺たちだろ。

「じゃあさ、それで得したのは誰?」

 誰も得してないんじゃないか?

「そんなわけないでしょ! シャミセンを連れてって離れに閉じこめたのは犯人なのよ。意図的にしたってことは、それって絶対得することなの。じゃあどういう部分で得したのかしら?」

 挑む目つきのハルヒだった。まるで真犯人が探偵を見る目みたいだな。

「あ!……」と俺は言った。「シャミセンがその部屋にいたということは……。犯人が連れて行ったんだから、シャミセンが俺たちの前から姿を消していた間が犯行時間なわけで……」

「そういうことよ」

 え、何が。

「え、何が、じゃないわよ。みんなそう思うじゃん。それがトリックの種なの。犯人はシャミセンのアリバイがない時間と、その時間帯をあたしたちに勘違いさせる必要があったってわけ」

「三時以降四時以前は全員アリバイがあるよねっ」鶴屋さんが引き継いだ。「でも二時以降だとどうだい? あたしたちはこっから出ないようにって言われて、ホントにそうしてたよね?」

「その犯人からすれば、二時から三時の間のアリバイを確保する必要があったのよ」と、またハルヒ。「シャミセンがここにいるように見せかけなければならなかったわけ。なんでなら、三時以降から四時半までのシャミセンの不在が、逆説的に犯人のアリバイを証明してくれるからよ。だってシャミセンはここと犯行現場に同時に存在することはできないんだから、ここにいたってことは犯人が連れて行ったのはその時間じゃないってことになるわ。でもって、最後にシャミセンを見たのはあんたで、それが三時頃。犯人が猫連れで離れに行ったのは三時以降……って思わせることが犯人の仕掛けたトリックに決まってるじゃん」

「ってなると犯人に当たるのは一人しかいないっさっ。二時半前後のアリバイが曖昧で、三時前後に猫にゃんに一番近かった人だっ!」

 鶴屋さんがカラリとした笑顔で、

「キョンくん、いいかいっ? 逆に考えてみよっ。圭一さんが二時に引っ込んでからあたしたちが踏み込む四時半まで、犯行機会のあった人を捜せばいいんだよっ。したらば、一人を除いてみーんな不可能なのさ。ところが犯行時間を三時以降にしちゃうとその一人にもアリバイはちゃんとある。じゃあ間違ってんのは犯行時間のほうさ!」

 負けじとハルヒもカラリとした笑顔、

「そうそう。圭一さんは三時以前に殺されたの。シャミセンが離れの部屋に連れてかれたのもその時よ」

「待ってくれ」と俺。「俺が三時に見たシャミセンをどう説明するんだ。朝比奈さんが寝てるのを見たっていう三時前のシャミセンは? まさか分裂していたわけじゃないだろう」

「あんた、まだ解んないの?」

 ハルヒは勝ち誇る笑顔になって、

「今から犯人の行動を説明するわね。森さんと新川さんは犯人じゃないし、偽証の心配もないっていう前提の話だけど、ゲームマスターのお墨付きをもらってるから無視するわ」

 どうやら解っていないのは俺と朝比奈さんと妹くらいのようだった。

 そんな俺たちを見て、ハルヒが得意そうに、

「犯人は二時から三時の間にこの共有スペースを出て、キッチンにいたシャミセンを捕まえた。そこからシャミセンを持ったまま離れの圭一さんの部屋を訪れる。そのとき鍵がかかっていたかどうかはどうでもいいわ、とにかく犯人は部屋に入って圭一さんを刺したわけ。扉を内側から施錠し、シャミセンを残して窓から縁側に出る。そこから渡り廊下に移動して母屋に戻った。もちろん手ぶらで」

「待て」と再び俺は言った。「じゃあ俺の見たシャミセンはどうなるんだ。ヒーターの前の座布団で寝ていたシャミセンは」

「だからそれ、シャミセンじゃなかったのよ」

 ハルヒはちらりと鶴屋さんを見て、鶴屋さんが意見に賛同する表情を作るのを確認して、

「論理的帰結よ。犯人はただ一人、その犯人が一人きりで行動できたのは二時半前後の数分間で、他の全員にはどの時間帯でも母屋と離れの往復は不可能なんだから、どんなアリバイがあったってその人が犯人なの。そのアリバイを崩すにはどうしたらいい? もう解るでしょ、シャミセンが二時半前後から行方知れずだったってことにしたらいいのよ。だとしたら、あんたが見たシャミセンは偽物以外に説明つかないわ」

 鶴屋さんが首をにゅるりと突き出した。

「でさ、訊くけどキョンくんっ。二時半から三時にかけて、キョンくんが見たシャミは本当にシャミだったかい?」

 そう言われると俺も言葉に詰まる。見たのは後ろ姿くらいだったからだ。抱き上げられた三毛猫に、こちらに背を向けて座布団で眠る三毛猫。それが俺の見たすべてである。

 しかし偽物だって? どういう偽物だ。シャミセンのクローン猫がどこかでひそかに開発されていたとでも言うのか。

「知らないわ」と、ハルヒは悠然と答えた。「言ったでしょ、論理的帰結って。二時半から三時にかけてそこの座布団で寝てた三毛猫はシャミセンじゃない。シャミセンのはずはないのよ。クローンでも人形でもそっくりさんでもいいけど、あんたん家の三毛猫ではないことは確実よ」

「ねえ、ハルにゃん、もうみんな解ってると思うんだけど、犯人の名前を言っちゃおうよ。でないと先に進みそうにないよっ」

 楽しげに言う鶴屋さんに、ハルヒは軽やかにうなずいた。

「そうね、特にキョンなんてこのままにしておいたら冬休み中このことばかり考えているわ。せーの、でいいわね?」

「そだね。つーこってっ、犯人は」

 まるで二連装式の速射砲のようなコンビネーションを見せ、ハルヒと鶴屋さんは笑顔を一人の人物に向け、息を合わせて犯人を指名した。

「古泉くんっ!」

 名だたるバウンティハンターコンビにウィンチェスターを突きつけられたお尋ね者のように、古泉は両手を挙げた。

「そうです」

 言いながら、やはりな微苦笑をたたえつつあきらめたように、

「僕が犯人役でした。もう少し時間をかけて考えて欲しかったのですが、涼宮さんと鶴屋さんの二人がかりでは致し方ありませんね」

 ハルヒは笑顔で唇を尖らせた。

「どうして三時からあたしたちを自由に行動させなかったの? 四時じゃなくてさ。そしたら犯人の特定にもっと手間取ったと思うわ」

「その通り、まさに犯人の特定が困難になるからの措置です」と古泉の解説。「もしあなたたちの誰かが三時以降に五分以上----これは離れとこことの平均的な往復時間です----その時間にほぼ一人きりになるような状況が発生したら、その誰かを容疑者リストから排除することができなくなってしまいます。つまり、犯人には成り得ないと明確に否定することができなくなるのです。そのくらいなら、いっそ全員を容疑者に成り得なくしたほうがいいと判断しました。ゲームが難しくなりすぎますからね」

 もっともらしいことを言ってるが、単に思いつかなかっただけじゃないか?

「シャミセンの影武者はどこに用意してたの?」

「僕の部屋です。事前に新川さんが運び込んでいてくれました。共犯というわけではありませんよ。設定上は僕が自分の手で運んだことになっていますから」

 古泉は終業時間を迎えた重労働バイトのような表情で、

「殺害後、離れからここに戻るまでの間に部屋から取り出したのです。あとはお解りですね」

 二時半過ぎに古泉が抱いてきたのがそいつだったわけか、しかし----。

「その猫は?」とまたしても俺は訊く。「偽猫はどこに行ったんだ。俺が最後に見てから、今まで姿も形もなくなっているシャミモドキはどこにいるんだ? よくそんな都合よく姿を消せたな」

 古泉があきらめたようにハルヒに目配せをして、我らが団長は颯爽と歩き出した。フロアの隅、ヒーターが設置されている角へと。

「キョン、そんときのことをよーく思い出して。あんたが座布団で寝ている三毛猫を見たとき、横に古泉くんがいたんでしょ? 古泉くんはリュックからスゴロクを取り出して、あんたに渡したんだったわよね。あんたはスゴロクを持って掘りゴタツに戻ってきて、あたしたちはあんたの手元に意識を集中させてた。その隙に、古泉くんは寝てた猫をリュックサックに素早く入れたわけよ。だからさ、」

 ハルヒは壁際に立てかけられ、ヒーターの温風を浴びているリュックを持ち上げて、

「今もこの中にいるはずよ」

 逆さにされたリュックの口から、その言葉通りにコロンと毛玉のような物体が転がり落ちた。

「シャミセン?」

 俺が口走ってしまうほど、その猫はシャミセンにそっくりだ。体形といい模様といい、まんまシャミセンのコピーキャット。ただ一つ高確率で違うのは、そいつはメスだってことだな。三毛猫のオスは世界的にも珍しく、なぜ珍しいのかは生物の先生にでも聞いてくれ。

 その偽シャミセンはぼんやりと床に座っていたが、やがて尻尾をピンと立てて妹のもとに歩き出し、抱かれているシャミセンの鼻面をくんくんと嗅いだ。我が家の三毛猫のほうは、まん丸い目で雌猫を凝視していたが、妹の手をふりほどくと相手の尻尾に鼻先をくっつけ、そのまま二匹とも相手の尻尾を追うようにぐるぐると回り、十秒後にはパンチの応酬にまで至った。

「こらー、シャミー」

 ぐるるると喉を鳴らすシャミセンを妹が抱き上げて、雌三毛猫のほうはしばらくキョロキョロしてから、どういうわけか長門の膝の上にひょいと乗ってうずくまった。

「…………」

 長門は無表情に視線を落とし、催促するように自分を見上げる猫と視線を合わせていたが、やがておずおずという感じで手を伸ばす。

 怖々と背を撫でる長門の手に満足したように、偽猫は目を閉じて丸くなった。確かに似ていたが、やはりちょっと違うな。俺だってシャミセンと暮らし始めて二ケ月になるし、自分とこの猫とそうでないやつの顔を簡単に見間違えるほど----、

「それで俺と妹かよ。まっさきに気づきそうだっていうのは、このことだったか」

「ええ。あなたが近づいて来たときは冷や汗が出ましたよ。もし気づかれたときは、真相を耳打ちして共犯になってもらうつもりでした。ですが、あなたの顔をうかがった限り全然気づいてなさそうだったものですから」

 悪かったな。これはシャミセンへの詫びだ。

「何が苦労したかと言いまして、その猫を探すのが一番労力を使いました」

 ナビゲーター古泉の補足説明である。

「シャミセン氏にそっくりな三毛猫ですが、これが探してみるとなかなかいないわけです。三毛猫ならどれでも同じようなものだと思っていたのですがね、見込みが甘かったですよ。全国津々浦々を飛び回り、ようやく似た模様のノラ猫を見つけ出したわけですが、そっくり同じとまでは至らない。やむを得ず部分的に一時的な毛染めをおこないました。しかも、それで仕事が終わったわけではありません。芸の仕込みが必要でしたから」

 何の芸を持ち合わせているんだ?

「犬で言うところの『待て』です。勝手にウロウロされると台無しですから、僕が合図するまでひたすらじっと寝たふりし続けるという芸を教え込んだんです。座布団の上で三十分、それからリュックの中で一時間半、その間に鳴いたり動き出したりしてもらっては不都合でした」

 しみじみと古泉は首を振っている。本当にそんな仕込みが可能だったとしたら、そいつはとてつもない芸達者な猫になる将来性を秘めている。催眠術を猫にかけられるくらいに特訓したほうがまだ簡単だったかもしれんな。

「僕がその猫につけた名前はシャミセン二号です。通称、シャミツー。他にいい名が思い浮かばなかったものですから」

 よく解らんイイワケをしておいて、古泉は咳払い。

「以上をもちまして推理劇は終了です。正答者は涼宮さんと鶴屋さんのダブル受賞でいいですね。のちほど賞品を進呈します」

 古泉はゆっくりと礼をした。

「これにて今回の余興を終わらせていただきます。皆様のご協力に感謝します。別荘を提供してくれた鶴屋さん、死体役となってくれた多丸圭一さん、ミスディレクションのためだけにキャスティングしてしまった裕さん、そして色々お世話になった新川さんと森さんには特にお礼申し上げます。最後までおつきあいいただき、ありがとうございました」

 ハルヒと鶴屋さんが猿みたいに拍手を始め、つられて妹、いまいち解ってない顔の朝比奈さんが続き、猫を膝に乗せた長門が音もなく拍手しているのをみて、俺もしかたなく手を打った。

 ご苦労さん、古泉。

 

 賞品はメッキ加工された小さなトロフィーだった。マンガチックな猫が逆立ちしている姿がかたどられ、よく見たらシャミセンっぽかったが、トロフィーを手にしたハルヒと鶴屋さんは肩を組んでVサイン、しょうがないので写真を撮ってやる。シャミセン二号一号もついでにな。

 しばらくすると森さんと新川さんが早めの年越しソバを運んできてくれた。きっそく箸をつかんだハルヒと鶴屋さんが豪快に喰っている傍らで古泉は箸が進まないようだが、そういえばこいつが何かをむさぼり食っているところを見たことがないな。

「どうでした、今回の寸劇は」

 なんと珍しい、昨日の夢幻館でも見せなかった不安的なスマイルで俺に訊いてきた。シナリオの出来にはお世辞を言う気にもならないが、

「あんなもんじゃないか」

 俺はダシのきいたソバつゆとともに長ネギを飲み下し、

「ハルヒの機嫌もいつもと同じようによさそうだ。満足してんじゃねーかな」

「だとしたら何よりです。考えたかいがあったというものですよ。まさに涼宮さんの接待のためにやったようなもんですから」

 俺にはややこしくてもう一つスッキリ解消とはいってないが。解ってないのは朝比奈さんもそうであるらしく、メモ帳に線を引きながら、

「これが二時で、こっちが三時、猫さんがいたのは二時から三時……じゃなくて三十分? ううん? ねこねこ」

 とか言いながら困った顔でソバをちゅるりとすすっている。解っていないやつの最先端、妹は何一つ聞いていなかった顔なのに、やけに楽しそうにドンブリをかき回していた。

 待て状態の雌三毛を膝に乗せたまま、長門が本来の食欲を取り戻しているのを見て俺はホッと息を吐く。何と言っても全員いつも通りが一番で、あまりいつも通りではない古泉はいかにも同情を誘うように、

「冬合宿が企画されてからこっち、ずっとこればかり考えていたんですよ。おかげで解ったことがあります。僕は犯人にも計画犯罪にも向いていません。探偵役も誰かに譲ります。僕に合っているのは解説役ですよ」

 俺としては、その解説役もそろそろ廃業して欲しく思っている。ようはお前が解説にしゃしゃり出てくるような事態にならなければいいんだ----とか願っているうちに閃いた。

「今回の殺人劇だがな、わざわざ実演しなくてもよかったんじゃないか? そういう設定さえあればいいんだろ? だったら問題編を冊子にして配ればすんだ話じゃねえか」

 古泉はソバが喉に詰まったような表情で考え込み、偶然のバッティングで出血しそのままドクターストップをかけられたタイトルマッチの挑戦者のような声で、

「……そうだったかもしれません」と負け惜しみを言った。

「でさぁ、古泉くん」

 ハルヒが年越しソバのお代わりを森さんに要求しながら、

「次の夏も頼むわよ。孤島、雪山、ときたから次の舞台は今度こそもっとケッタイな館がいいわ。変な名前のついているところに行きましょうよ。何なら外国でもいいわね。そうだわ、城なんかどう? 石造りの古城なんてぴったりじゃない?」

 古泉と俺の願いを同時に強制廃棄するようなことを言いながら、ハルヒは箸をタクトのように振り回した。

「それならいいとこ知ってるよっ。うっとこのおやっさんの知り合いで外国に城持ってる人がいたなー」

 鶴屋さんがしないで欲しかった同調をして、ハルヒはよりいっそう調子に乗った。

「聞いた? みんな、夏までにパスポート取っとくのよ。いいわね!」

 俺と古泉は顔を見合わせ、息まで合わせて嘆息した。ハルヒと鶴屋さんコンビ相手のタッグマッチに挑むにはなんと力不足な相方であるかと互いに認め合った証拠である。俺はハルヒの国外脱出をなんとかして断念させる役、古泉は万一の時のSOS団付き劇作家だ。正体不明の敵を相手にしているほうがマシに思える始末である。

 そろそろどうにかしておかんとこのままではSOS団海外支部ができかねない。そんな手に負えないような出来事には、ちょっとなって欲しくないな----と俺の語学力が耳の奥で呟いた。

 

 これだけテレビをちらりとも見なかった大晦日は人生初かもしれない。

 スゴロクの二周目を今度は森さんたちも含めた全員で実行し、ハルヒが楽しんだり俺が疲れたりしているうちに夜となって豪勢なディナーと歓談の時間も終了、あれよあれよというまに夜も更けて気づけばもう今年も終わりだ。

「明日、一眠りして起きたら書き初めと雪上羽根つき大会をしないとね」

 雑煮くらい食わせてくれよ。

「お正月だもの。それくらい基本よ、基本。待ちきれなくて福笑いとスゴロクはやっちゃったけど」

 ハルヒは壁の時計を見つめながら、

「初詣にも行かなきゃマズいわ」

 別にマズくはなかろう。いくら神仏の度量が広いとはいえ、ハルヒにはあまり来て欲しくないんじゃないかと思うね。映画のロケやった神社から俺たちの出入り禁止を宣告する回状が出ているだろうし。

「何言ってんの。せっかく宗教がチャンポンになってる国にいるんだから、全部の行事で遊ばないと損じゃない。それにクリスマスを祝っときながら新年を祝わないなんて、コース料理を注文して食器だけ眺めて帰るくらいのもったいなさよ。だから初詣は欠かせないの」

 それなら別荘の庭先にカマクラ作って賽銭箱と祠を設置したらいい。もちろんカマクラ内にいるのは巫女装束の朝比奈さんだ。わざわざ既存の神社に行かずとも、俺など一晩中拝み続ける自信があるぞ。そのうち噂を聞きつけた参拝者が引きもきらない状態になるだろうから、賽銭箱の中身もさぞかし潤うに違いない。

「バッカ」

 ハルヒは朝比奈さんの肩を抱き寄せ、

「巫女さんも捨てがたいけど、みくるちゃんには振り袖を着せたいのっ! でも合宿から帰ってからでいいわ。ありったけの寺社仏閣にお参りしましょう。あ、もちろん有希にも着せてあげるからね。ついでにあたしも着るし」

 朝比奈さんの耳たぶを噛んで赤くさせておいてから、ハルヒは時計を見てうなずいた。

「みんな、時間よ」

 ハルヒの指揮に従い、俺たちは円を作るように並んで正座した。SOS団五人は言うまでもなく、鶴屋さんも円を構成する一員に入れられていて、彼女の横には妹と猫二匹も座らされている。おまけに多丸兄弟と執事とメイドさんのエキストラカルテットまでがハルヒの誘いによって加えられていた。いいのか、この人たちは? へタすりゃ準団員として顎でこき使われるハメになるぞ。

 だが俺の気配りをよそに、全員の顔には各種様々な意味を持つ笑みが浮いていた。それはそうだろう、こんな時、あえてしかめ面をしている奴はカレンダーを知らない人間くらいであり、俺は知ってる。だから文句を言う理屈に思い当たるフシはない。

 ハルヒの号令に従い、俺たちは深々とお辞儀をして口々に決まり文句を放った。毎年代わり映えしない、でも代わったとしたら寂しくも思えるだろう、五・五・五からなる定型句を。